田中河内介(たなかかわちのすけ)|明治天皇に最も慕われた男

田中河内介顕彰会 english 北京語

トピックス

  • 18/05/15 田中河内介哀悼の碑 案内看板を設置しました。  new

    案内板設置1
    福田港前、春日堂横の駐車場内の看板に設置します。

    案内板設置2
    まずは鉄枠を取り付けていきます。

    案内板設置3
    その鉄枠の中に案内看板を埋め込みます。

    案内板設置 完成
    完成です!
    哀悼の碑までの案内の利便性がさらに良くなりますね。

  • 18/04/29 供養と第21回総会が小豆島福田の雲海寺において開催されました。 new

    雲海寺
    小豆島霊場第85番 雲海寺

    当日のようす

    当日のようす2
    島内外から多くのみなさんにご参加いただき、
    157回忌法要が執り行われました

    第19回 田中河内介顕彰会総会2017の写真
    新会長に就任した松本会長(小豆島町長)のご挨拶

    集合写真

    総会後は川宿田 好見氏による
    講演:小豆島「石の歴史」を聞かせて頂きました。

  • 18/03/22 田中河内介顕彰会及び第22回総会開催のお知らせ。

    日時:平成30年4月29日(日) 午前10時より

    場所:雲海寺(小豆島町福田)

    ※総会後 講演会も開催します。

    タイトル:小豆島「石の歴史」

    講師:川宿田 好見 氏

  • 17/04/30 供養と第21回総会が小豆島福田の雲海寺において開催されました。

    156回忌法要の様子

    156回忌法要の様子2

    島内外から多くのみなさんにご参加いただき、156回忌法要が執り行われました
    第19回 田中河内介顕彰会総会2017の写真

    潮崎誠氏の講演「ふるさと但馬の河内介」-1
    総会の後、潮崎 誠さんによる講演「ふるさと但馬の河内介」があり、興味深いお話を聞かせていただきました。

    潮崎誠氏の講演「ふるさと但馬の河内介」-2

    潮崎誠氏の講演「ふるさと但馬の河内介」-3

  • 17/04/10 田中河内介顕彰会及び第21回総会開催のお知らせ。 

    日時:平成29年4月30日(日) 午前10時より

    ※総会後 講演会も開催します。

    タイトル:「ふるさと但馬の河内介」

    講師:豊岡市教育委員会 参与 潮崎 誠氏

  • 16/05/01 供養と第20回総会が小豆島福田の雲海寺において開催されました。

    154回忌法要の様子

    島内外から多くのみなさんにご参加いただき、155回忌法要が執り行われました
    第19回 田中河内介顕彰会総会の写真

    南堀英二氏の講演「頓宮先生のこと」
    総会の後、宮原隆昌さんによる「写真で見る昭和初期の小豆島」と題した講演があり参加者のみなさんは興味深いお話を熱心に聞いておられました。

  • 16/04/07 第20回 田中河内介顕彰会及び155回忌法要開催のお知らせ  

    日時:平成28年5月1日(日) 10時〜

    場所:雲海寺

    次第:

    10時〜 155回忌法要
    11時〜 第20回 田中河内介顕彰会総会
    講演会「写真で見る昭和初期の小豆島」
      講師 宮原隆昌さん

    田中河内介の法要も155回となり、新緑も美しい5月に執り行います。
    同日に総会・講演会も行います。小豆島内外、会員・非会員などは問いません。
    みなさま、お忙しいとは存じますが、是非ご参加くださいますようご案内いたします。

  • 15/04/26 供養と総会が小豆島福田の雲海寺において開催されました。

    154回忌法要の様子
    154回忌法要の様子

    島内外から多くのみなさんに参加していただきました。
    第19回 田中河内介顕彰会総会の写真

    南堀英二氏の講演「頓宮先生のこと」
    南堀英二氏の講演「頓宮先生のこと」
    興味深いお話に、参加者は熱心に耳を傾けていました。

  • 14/01/31 田中河内介顕彰会のサイトをアップしました。

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事務局よりご挨拶

 小豆島の各地には、島にはほとんど縁故のない「島外からのひと」に対する供養の例がたくさんあります。島四国八十八ヶ所霊場巡拝途中の死者を祀るものもありますが、他所の人への鎮魂を形にした碑文や墓碑類であり、慰霊祭などもあります。
 私たちが顕彰している「田中河内介」も、もともとは小豆島とは無縁の人ですが、その人への鎮魂、勤皇の志士への慰霊でもあります。
 明治天皇のご生誕から5歳までの傅育(ふいく)に携わり、近代日本の夜明けに大いに関与したにもかかわらず、不運非業の死を遂げたとされる田中河内介は、小豆島福田港に流れ着き、誰人ともわからぬまま、30年間、小豆島の方々の温かな供養を受けられてきたのです。河内介父子と判明してからは、顕彰慰霊と、埋もれてしまったかもしれない歴史の検証をささやかに継続してきました。
 田中河内介の生地、兵庫県豊岡市においては神美公民館を中心にした顕彰活動があり、豊岡市出土文化管理センターのご支援とご協力によっての研究調査活動もあります。
 また、宮崎県日向市(ひゅうがし)には田中河内介の三人の同志が細島で殺害されていた事もあって、日向史談会の活動として細島三志の慰霊を続けています。当時の明治政府要人による意図的な歴史隠匿や無視もあったと思われますが、田中河内介に関する歴史的資料は極めて少ないのです。したがって資料収集、調査研究も思うにまかせられなのが現状です。
 新たな資料・研究調査などの成果があればご指導・ご教示いただきたくお願いたします。さらには、ご興味のある皆様はぜひ「田中河内介顕彰会」にご入会いただき、共に慰霊・顕彰・歴史の検証を続けていきたいと思っております。

田中河内介顕彰会 事務局

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これまでの活動

第1回 田中河内介顕彰会 総会

第1回 総会

田中河内介 第14回 総会

第14回 総会

田中河内介 第15回 総会(150回忌法要)

第15回 総会(150回忌法要)

田中河内介 顕彰碑移設(雲海寺境内)

顕彰碑移設(雲海寺境内)

第18回 田中河内介顕彰会総会の写真

第18回 総会

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田中河内介父子関連 昔の絵葉書と鳥瞰図

 戦前戦後の観光用絵葉書やパンフレットには田中河内介父子の碑についての紹介が見られた。
 上の写真は小豆島百二十五景という絵葉書の一枚である。小豆島が、国立公園になってからのものである。下の鳥瞰図は小豆島自動車株式会社(島バス)が最初に作った観光パンフである。裏面は各地の説明や交通についてのせている。当時は哀悼碑で観光バスが停まり、ガイドによる説明があった。

観光パンフ
当時のボンネットバス

当時のボンネットバス

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古写真で見る田中河内介父子の墓・哀悼碑

高松市・岡部茂太郎 香川県小豆島案内

大正3年発行(高松市・岡部茂太郎)の
香川県小豆島案内という冊子に掲載されている写真

上記と同じ背景であるが、山のラインがわかる。上記の冊子を元に作成しているが、写真の状態は悪い。墓周辺もだいぶ荒れているのがわかる。

昭和36年に雲海寺に移転するまでの状態

昭和36年に雲海寺に移転するまでの状態です

中腹まで移転させたときの哀悼碑

中腹まで移転させたときの哀悼碑

田中君父子転墓ノ記

田中君父子ノ墓碑ハ福田村共葬墓所ニシテ而モ石材運搬ノ略傍ニアリ然ルニ近耒石材の盛ニナルヨリ墓表ハ常ニ塵埃ニ埋没セラル雲海寺主山本諦道僧正高木又朗三木虎太郎ノ諸氏及森遷等之ヲ患ヒ同所ニ於ニ旧墓地ヲ距ル数十尺ノ地ニ新二十坪半(三間ニ三間半)ノ区域ヲ定共葬者ノ認諾ヲ得テ大正八年一月工ヲ起コシ四月工ナル其結構在耒ノ松樹ヲ城内ニ在シ高サ三尺ニ地揚ヲナシ周囲ニ木柵ヲ繞ラシ中央ニ遺骨ヲ埋メ其上ニ墓碑ヲ東面ニ建テ玉垣等ヲ移転シタリ而シテ同年五月甘九日(陰五月朔日)及君ガ死体ノ漂着セシ当日ヲトシ墓地移転ノ祭典ヲ擧ケ以テ君ノ清骨ヲシテ安定ナラシメ謹ンテ敬意ヲ表シタリ其次第左ノ如シ
 大正八年六月十八日  森 遷  記ス

現状の写真

現状の写真です。設置当時は山頂付近にあったようですが、採石の関係で一度中腹に降ろし、その後、遠干浜に移転しました。当時より山肌は削られています。

<平成21年5月1日 第13回田中河内介顕彰会総会資料 宮原 隆昌>

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雲海寺について

雲海寺イメージ1
雲海寺イメージ2

洞口山如意輪院雲海寺は人皇第45代聖武天皇の代に天平年間(729~749)行基菩薩が風浪を避けるため、この地を訪れた際、不思議な霊端を見て、尊像如意輪観世音菩薩を刻み、建てられたと伝えられています。
その後、大同年間(806~810)弘法大師島四国88ヶ所開創のころに密教弘布の道場として定められ、法輪山妙観院成願寺(一説には元勝寺)と呼ばれました。
僧は増範法印が中興開基を行いましたが、年代は不詳です。
延享元年(1744)の頃に洞口山如意輪院雲海坊と呼ばれ、のちに寳歴8年(1758)ごろ、「洞口山如意輪院雲海寺」と改名されました。
雲海寺は京都、真言宗大覚寺派に所属し、戦後、高野山真言宗派に属しました。
その後、島四国88ヶ所霊場に所属し、貞享3年(1686)に規模、体制が盛んになり、 第84番の霊場となりました。

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日向市との交流について

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日向市史談会・来島記念資料

福田史跡案内図 遠干浜 田中河内介父子哀悼之碑 玉比賣神社 小豆島霊場第85番 本地堂 小豆島霊場第84番 雲海寺 ホルトノキ 葺田八幡神社 小豆島霊場83番 福田庵

福田史跡案内図

遠干浜

遠干浜

昭和43年にさぬき百景にえらばれました
田中河内介父子哀悼之碑

田中河内介父子哀悼之碑

碑文は品川弥二郎によるものです

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玉比賣神社

玉比賣神社

古くから正五位玉比咩明神と伝えられており、社殿内に木造神馬2騎があります
小豆島霊場第85番 本地堂

小豆島霊場第85番 本地堂

葺田八幡神社の本地仏で、明治の神仏分離により移されました

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小豆島霊場第84番 雲海寺

小豆島霊場第84番 雲海寺

田中父子の墓があります
ホルトノキ

ホルトノキ

樹齢100年以上の古樹です

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葺田八幡神社

葺田八幡神社

応神天皇の伝説があり、神社の森を「葺田の森」と呼んでいます
小豆島霊場83番 福田庵

小豆島霊場83番 福田庵

福田庵はもと福田八幡宮別当神宮寺の本尊薬師如来を安置しています

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写真資料

細島三志士合霊

細島三志士合霊

河内介子孫 幸栄さんの孫夫妻

河内介子孫 幸栄さんの孫夫妻
(平成25年4月29日 第17回 田中河内介顕彰会総会)

河内介子孫 田中幸栄さん

河内介子孫 田中幸栄さん

宮崎日日新聞
小豆島・日向合同霊祭(於:福田 遠干の浜)

小豆島・日向合同霊祭(於:福田 遠干の浜)

昭和18年新聞

昭和18年新聞
pdf:892KB

細島三志初供養
細島三志初供養
細島三志初供養

平成10年5月16日 細島三志を小豆島から初供養に行く

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小豆島新聞

小豆島新聞
pdf:169KB

香住紀行
香住紀行
香住紀行

田中河内介生誕地 香住へ 平成10年11月7日

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これまで、田中河内介顕彰会が行ってきた活動の記録や資料などのご紹介。